1467年の応仁の乱以降、全国に広がった騒乱と混沌の「戦国時代」。
その「最終局面」が始まったのは間違いなく、1560年の「臼木ヶ峰の戦い」で、2万7千の今川軍を1万7千の織田軍が打ち破ったその瞬間からであろう。
そこから40年。
1576年にはその織田信長が果て、その後を継いだ豊臣秀吉が1594年に天下統一を実現。
その3年後に秀吉が没し、後継は息子(養子)の豊臣秀門が継ぐこととなった。
ーーが、この新政権の統治を巡り、大規模な内乱が勃発。
いわゆる「五大老」内での主導権を握ろうと画策した大友親家が、先の唐入りにおける無恩賞に不満を持っていた渡海組を糾合、更には五大老筆頭の内大臣・織田信雄を引き込み、天下を二分する大内乱を引き起こしたのである。
この大乱は1598年5月18日の天王寺口の戦いにおける秀門方の勝利という形で幕を閉じるかと思われたが、その直後、まさかの秀門側近の裏切りによって、秀門は囚われの身となり、降伏を受け入れることに。
その3ヶ月後には秀門も「不審な死」を遂げ、政権は完全に叛乱勢力の傀儡と化すこととなった。
戦国の世は、まだ終わりを迎えてはいない。
義に悖り、私欲にて秩序を破壊せしめんとする輩を排するべく。
戦国最後の義勇の「復讐劇」が幕を開ける。
目次
※ゲーム上の兵数を10倍にした数を物語上の兵数として表記しております(より史実に近づけるため)。
Ver.1.12.5(Scythe)
Shogunate Ver.0.8.5.6(雲隠)
使用DLC
- The Northern Lords
- The Royal Court
- The Fate of Iberia
- Firends and Foes
- Tours and Tournaments
- Wards and Wardens
- Legacy of Perisia
- Legends of the Dead
使用MOD
- Japanese Language Mod
- Shogunate(Japanese version)
- Joseon (Shogunateの朝鮮半島拡張)
- Joseon JP Translation
- Japanese Font Old-Style
- Historical Figure for Shogunate Japanese
- Nameplates
- Big Battle View
- [Beta]Betray Vassal(JP)
- Battleground Commanders
前回はこちらから
約束と決断
1598年10月3日。
京都・上京。
新城――生前の豊臣秀吉が京都における拠点を企図して普請を開始しながらも、完成を待たずして死去、以後、完成はするものの特に居住者の定められていなかったこの屋敷に、今はその人物が滞在していた。
「――お加減の程は?」
「正直、あまり良くはないわ。昨年の旦那の死から、今年に入ってからの騒乱、そして養子とは言え我が子の死まで続いちゃうと、さすがに応えちゃうわね」
大政所――即ち前太閤・豊臣秀吉の正室であったその女性は、先の大乱によりその地位を失わされ、ここ京都に実質的な軟禁状態に置かれていた。
「このような窮屈な思いをさせてしまい、申し訳なく存じます」
「何言ってんの。むしろ大坂から離れることができて、良かったと思ってる。ここは静かで、落ち着いている。このまま落飾して、仏門に早く入りたいわって思う」
「それは・・・」
男が狼狽えた様子を見せると、大政所はくすっと笑みを溢した。
「すぐにではないわ。今はまだ、私にもやるべきことがあると分かっている。
ーー今の豊臣政権は、豊臣という名の、紛い物。このままでは、あの人にも顔向けできない。
正四郎、貴方だけが頼りなの。小一郎さんも官職を奪われ蟄居。その子もまだ幼く、頼りにはできない。
正しい豊臣の世を取り戻すべくーー力を貸して頂戴」
敬愛する人物の奥方にそのように言われ、男が奮い立たぬわけがなかった。
「ーー承知致しました。太閤殿下より賜りし大恩、先の勝利にて報いるつもりが、叶いませんでした。今度こそ、この身命を賭して、豊臣の威光を取り戻すべく、尽力致します」
男の言葉に、大政所も満足した笑みを浮かべる。
「期待してるわ。日ノ本一の豪傑ーー浅井長政よ」
◆
「天王寺口の戦い」では敗北しながらも、大坂城内での稲葉典通の裏切りにより天下人・豊臣秀門を捕え、逆転勝利を果たした「叛乱勢力」。
今は秀門の子、秀孝を新たな主君に据え、叛乱を主導した右大臣織田信雄、および権大納言大友親家が中心となって新政権の運営を開始していた。
だが、彼らも決して、一枚岩ではなかった。
元々が目的を同じくするだけの烏合の衆。目的が達成されれば、その内部で対立が始まるのは自然の摂理。
元々改易を命じられたことへの信雄の蜂起を大友らが協力した形を取っていたこともあり、新政権内での力関係は少しずつ大友方に傾きつつあった。秀孝の生母の兄、すなわち秀孝の伯父にあたる左大臣・近衛信尹を大友が味方につけたこともまた、彼らの優位をもたらす要因となった。
これを受け、先の秀門捕縛に功有った織田の忠臣・稲葉典通や、信雄の嫡子たる丹後の大名・織田信隆などが信雄を唆し、「将軍の地位を再び織田家に取り戻す」勢力が力を持ち始める。
日ノ本は再び大乱の予兆に見舞われ始めていた。
「ーー中将様」
浅井長政の居城、阿波国勝瑞城に、一人の男が訪れていた。
男の名は、三田元晴。秀吉子飼いの大名にて、秀吉や秀長からは吉太と呼ばれ可愛がられていた男。
先の天王寺口の戦いにおいても活躍していた彼は、此度浅井方につくことを早くから表明していた。
「私のみならず、豊臣に恩ある者たちは皆、中将様の元に馳せ参じる所存であります。何卒、挙兵を」
「うむーー」
男の懇願に、長政はゆっくりと、しかしはっきりと頷く。
「必ずや、挙兵は果たす。しかし、適切な時を探さねばならぬ。今暫し、待たれい」
は!と力強く返答し、元晴は退室しようとする。
そこで、長政は彼を一度呼び止め、部屋の脇に飾られていた具足を指差す。
「そこにある具足は、高名なる源氏八領の一つ、日数というものだ。かの英雄源義仲が身に着けたという天下無双の具足の一つだ」
「はあ、確かに素晴らしそうな具足ですな」と、元晴はやや気が抜けた返答をする。長政はニヤリと笑い、告げた。
「――この具足を、貴殿にやろう」
「な――!?」
さすがに驚きの表情を見せる元晴。改めて具足をじろじろと見まわし、それが本当に源義仲公が身に着けたのかどうかはさておき、確かに強力で頑丈なる鎧であることは確かなようであった。
「この具足は『退かず』という言葉にも通ずる。貴殿の秀吉公の頃からの活躍は伝え聞いて居る。此度、激戦となった折には、貴殿の勇猛さと『退かぬ』決意に頼るときもあるだろう。そのときにはこの具足にて、ぜひとも獅子奮迅の活躍をば」
は――! 必ずや――! と感動した面持ちで具足を手に取り、退室していく元晴。
それを見送った後に、次男の直政が入室する。
「父上。北条より、書状が届きました。我々に与同してくれるとのこと」
「左様か。鶴松様は氏直公にとっても娘婿となる身分。此度の戦勝の暁には影響力を得られると踏んでのことであろうが、5万を超える彼らの勢力は我々にとっても換え難いもの。丁重に、謝意を表しておけ」
「は。それとーー三河の徳川殿、さらに近江の佐和山殿も、我々に組みする意向を示されております」
「ーー右府殿の弟君たる信房殿か。そうか、家名を変えられたのだったな」
「ええ。信房殿は織田一門なれど兼ねてより豊臣家とは昵懇の間柄。此度の家名変更も、織田宗家からの独立のお心持ちによるものでしょう。近江は我らの生地でもあり、この協力の申し出は実に有難きこと」
「うむーー正当性も担保されることだろう。摂津、河内の豊臣一門衆からも、内々の支援申し出を得ておる」
「あとは、適切な時機の訪れを待つのみ」
「・・・いよいよ、なのですね」
直政は緊張した様子で呟く。長政は頷いた。
「ああ。正しき豊臣の統治を取り戻す為とは言え、やることは主君への謀反そのものだ。かつて、我が父の為した罪を再演することに、抵抗がないわけではない。
だがある意味これが、天が我に与えた最後の試練なのやもしれん。この試練を乗り越えた先に、真に天下泰平の世が訪れるのだ」
言いながら、長政は少しばかり寂しい思いがする。
正直を言えば先達ての天王寺口の戦いに勝利した瞬間も、同じように寂しさを覚えていた。
ある意味でこの顛末は、そのような邪な思いを抱いた自分への戒めだったのかもしれぬ、とさえ思っていた。
儂は戦国の中に生まれ、戦国を愛し、愛され続けてきた男。数多の血と名誉とに塗れながら、その命尽き果てるまで戦いの宿命に呑まれ、最後は戦場か燃え落ちる城の中で果てるものだとばかり思っていた。
しかし何の因果か、こうしてその戦国の終わりにまで生き存えている。そして、亡き殿下の奥方にも望まれ、名誉ある最後の戦いに赴かんとしている。
これ程幸せなことはあるまい。そして、おそらくは、そのすべてをやり尽くしたのち、儂はーー。
そこまで考えを巡らせ、長政はあらゆる迷いが断ち切れた心地を覚えた。
「ーー然らば、参ろうぞ。最後の戦いに。すべてを終わらせるための戦いに」
そして1599年9月。
その時は、訪れる。
三滝川原の戦い
その開戦がその時期になったのは必然の結果であった。
当時、織田信雄を中心に丹後の織田信隆・若狭の竹中豊重*1・能登の小幡信重・越中の長尾信綱・陸奥の石川利直といった「叛乱勢力=織田復興派」は東日本を中心に勢力を展開していた。
この勢力が明らかに現政権に対し敵意を抱きつつある状況を見て、現政権の実質的支配者である大友親家は、将軍・豊臣秀孝の身柄を敵勢力に近い大坂城から脱出させ、自勢力圏近接の周防国・岩国城へと移転したのである。
しかし折悪く、1599年に入ってから朝鮮半島より持ち込まれた「赤痢」がこの北九州・西中国エリアで蔓延。
現政権派首魁の親家もこの病気で没するなど、織田派にとってはまさに攻撃する最大の好機となっていたのである。
よって、1599年9月10日。
右大臣・織田信雄は主君・豊臣秀孝に宣戦布告。将軍の座の織田家への「返還」を強く要求したのである。
「――状況説明を頼む」
「は」
長政の依頼に、弟の治政が応える。
「西軍――すなわち現政権派は兼ねてよりの混乱で動くこと能わず。その隙に東軍――すなわち織田復権派が岐阜城より兵を出し、近江の地の制圧を開始しております」
「本来であれば東西の衝突を見て隙を突く狙いであったが、これは不味いな。佐和山殿、そして我らが故地が荒らされるのをこれ以上見ては居られぬ。すぐに出るぞ」
「ええ、勿論そのようにすべきでしょう――しかし、敵は右府殿の軍だけでも10万に達し、すべて合わせれば20万近くに達する勢いです。関東の北条氏はまだ甲斐を出たばかりであり、合流までも時間がかかるかと思いますが」
「それを待っていては、佐和山殿のみならず、河内や摂津の豊臣一門衆にまで被害が及ぶ。次々と同盟者を失いかねぬ故、劣勢でも動かねばならぬ」
いきり立つ長政に、一同も心情的には同意するも戦略的には苦悩する表情を見せる。そこに、一人の男が口を挟んだ。
「――某にお任せを」
藤堂高虎――かつて、信長-信雄の配下にてその実力を発揮し、「尾張の猛牛」と称されし勇将。一度は長政と刀を交え、最終的に彼の配下となることを了承したが、それから10年余り。成熟したこの男は武力だけではなく知略・策略共に家内随一の才を発揮し始め、現在は浅井家の家政を取り仕切る程となっていた。
「もとより畿内は某も随分と巡り歩いた地にて、かつて右府殿の下で働いていた際の人脈も御座いますれば」
高虎はニヤリと笑う。
「実に大胆不敵なる策でもって敵兵を翻弄せしめようぞ」
◆
「――そうか、徳川軍が」
佐治信方――尾張知多半島を代々治める佐治家の当主で、織田家とは古くからの主従関係にあたる。信方の妻は信長の妹の「おとく」であり、一門衆並みの待遇を与えられていた。
そんな彼が、この近江攻めにおいても一軍を率いる将となっていたのだが、そこに伝令より報告が与えられる。
「ええ。3万弱の兵を率い、現在は伊勢長島城付近にて通過中との由」
「浅井軍はどうなっている?」
「は――摂津河内の徳川一門や近江の佐和山殿との合流は果たしつつあるようですが、未だ大和の地にて足止めを食らっております」
「左様か。相分かった――この両者が合流すれば厄介極まりない。敵兵が集まる前に各個撃破することこそが肝要。急ぎ、鈴鹿を越えて伊勢に参るぞ。現地の丹羽氏と合流し、徳川の軍を挟撃するのだ!」
三滝川――鈴鹿山脈に源を発し、伊勢湾へと流れ落ちるその川は、中流から下流にかけていくつもの小高い丘陵地帯を形成し、故に江戸以前においては御岳川・三丘川とも記載された。
決して急流ではないが、その変化に富んだ地形により古来よりいくつもの戦いの舞台となっており、此度も徳川軍は7万の佐治軍の接近を知り、そんな丘の一つに身を潜め、会敵に備えたのである。
「――戦上手の徳川軍だ。油断はするなよ。とは言えあまり時間をかけていても、後方より北条の軍が追い付きかねない。長嶋城からは丹羽殿の軍が後背を突く手筈となっておる。慎重に、しかし果敢に攻めよッ!」
信方の指示に、織田兵一同は鬨の声を挙げる。信方は胸元のロザリオを口元に近づけ、静かに神に祈った。
そして1600年1月29日早朝。
朝靄の中、佐治軍が三滝川を渡り、丘陵の中に陣取る徳川軍を攻め立てようとした、その時――
「――佐治様ッ! 南方・・・亀山方面よりッ、浅井軍およそ6万が・・・突如出現ッッ・・・!!」
「我らが後背を逆に突かれ得る危険に候ッ・・・!」
「なんだと――」
報告を受け、にわかに信じられぬ思いの信方。しかし視線を転じれば、確かに南方の丘より迫りくる浅井の猛軍。その勢いは、伝えられた数以上のものを感じさせさえする。
すでに自軍は渡河の最中で、身動きは取りづらい。この状況は丘上の徳川軍からも一目瞭然で、間もなく丘を下りて逆襲を仕掛けられる所だろう。
「――Shit! 耐え抜くぞ・・・耐えれば後背より丹羽殿が徳川を突いてくれる。さすれば勝利は十分に見込めるのだ!」
「――まさか本当に成功するとはな」
目の前の状況を見て、長政はさすがに驚嘆の越えを漏らす。
「某は無茶な要求をしたまでです。これを成功足らしめたのは、殿の果敢かつ迅速なる行軍の意志と、それを下卒にまで至らしめる殿の人望と統率力に御座います」
「しかし危険極まりない伊賀・加太峠を越えて敵に知られぬ奇襲を仕掛けるとは・・・確かに大胆極まりない戦略であったな」
「伊賀の忍には知人も多く、伝手を通じて現地の安全は確保しており申した。そして、伊勢の支配者である丹羽長重殿・・・殿の奥方の弟君でもあられまするが故、その調略は決して難しくはなく、殿の御嫡男・秀政様の御力もお借りして、無事成功至らしめました」
「有り難いことだ。長重殿がこちらについてくれたことで、挟撃も防げる。この戦い、勝利は間違いないと言えよう」
「いえ――」
高虎は慎重な表情を崩さなかった。
「この動きを見て、近江に展開している織田本隊やその同盟国らも間もなくこの地にやってくるでしょう。我々の同盟国も追って後詰頂けるとはいえ、総数では敵方が多いのは間違い御座いません。少しでもこの緒戦で敵兵を討ち取り、敵方の後詰を逐次撃破していけるよう、速度と徹底さが肝要となります。
ここからが我ら浅井の、そして殿の力の見せ所となりまする」
高虎の言葉に、長政は頷いた。
「分かっておる。――行くぞ、浅井の忠臣を、ここで力に変えるのだッ!!!」」
圧倒的勢いでもって佐治軍を一気に追い詰めていく浅井・徳川同盟軍。
このまま勝負あったか――と、思ったところで。
「織田本隊合計6万超、鈴鹿峠を越えて三滝河原に着到ッ――!」
「――くッ・・・! まだ数の上では我々が勝るッ! ここで冷静にこれに当たり、押し返せッ!!」
長政が激を飛ばすも、勝勢から一転、勢いづいた織田本隊の投入によって兵卒たちの足元は乱れ、実力を発揮できずにいる。
(――糞ッ・・・ここで、何物も顧みぬ我武者羅な先駆けがいれば・・・!)
一層のこと自ら前線に出ようか――そんな風に長政が思い至ったところで、その音声が戦場に鳴り響いた。
「――我こそはッ! 豊臣秀吉が第一の先駆け、三田元晴也ッ・・!! 太閤殿下の御意思を捻じ曲げる逆賊共よッ! 我が槍の前に塵となるか、あるいは矢を捨てて逃げ去るか否かッ!!!」
長政の渡した義仲公の具足「日数」を身に着けた三田元晴が、誰よりも先陣切ってその身を敵前に晒し、自身の体長の二倍はあろうかという長尺の槍を振り回し、次々と敵勢を打倒していく。
これを見て、感化されたものがまた一人。
「――御父上! 我もこれに同心致しますッ! うおおおぉおぉおぉぉぉ!」
徳川家康が子息、徳川忠吉。家康やその嫡男・秀忠の静止する間もなく、この勇猛果敢なる若君はわずかな供回りだけを連れて敵陣へと突入していった。
この勢いをもって、再び浅井徳川軍は息を吹き返す。
だが、まだ終わらない。
「――続いて能登越中勢6万超!!!」
まさに一進一退。両軍とも決して退かず。双方削り合う激戦は太陽が西に沈み始める頃合いまで続くことに。
それでも最終的な数の上で劣勢にある浅井徳川軍が押し負けてしまうか――そう思われていたそのとき。
「――殿ッ! 今度は朗報に御座いまする・・・北条軍5万が、ついに長島を通りここ三重の地にまで到達間近との由ッ!!」
勝った――趨勢を見守るだけの歯がゆい思いを感じていた長政も、ようやく心の中に安堵感が広がるのを覚えた。織田・浅井徳川双方が傷つき限界を迎えつつある中で、長路を急いだ疲弊はあるとはいえ、無傷の北条軍5万が現れたことは、単純な数以上の効果を戦場の兵士たちにもたらすこととなった。
決着は着いた。
結果として総勢20万の東軍全主力を、16万の浅井徳川北条、それもほとんどは実質浅井徳川軍だけで撃退したのである。
この戦勝は瞬く間に全土に響き、東軍が占領した近江の各諸城も次々と門を開き、抵抗する残り少ない城も一気に浅井同盟軍が包囲、開城していく。
尾張にまで撤退した東軍主力はそこで戦力の立て直しを図るも、それを許さない浅井徳川北条連合がこれを強襲。
末森城付近で繰り広げられたこの戦いで浅井同盟軍側が再び圧勝し、東軍は暫し再起不能に。政権簒奪どころではなくなったのである。
だが、そこにもたらされる、新たな報せ――。
「ーー注進ッ・・・島津義弘率いる西軍、四国に上陸! 松山城を包囲し、間も無くしてこれを陥落せしめましたッ!!」
今度こそーー最後の戦いと相成る。
四国決戦
「まさかこうしてまた・・・四国の地に舞い戻ることになるとはな。しかも、侵略者として」
讃州丸亀城を包囲する軍を率いるのは、かつて土佐の大名であった長宗我部家の現当主・信親。三好家により故地を奪われて以来、父の元親と共に豊臣秀吉の供回りとしてその武勇を見せつけ、朝鮮半島にまで渡った兵だが、その人生における目的はただ故地の奪還それのみに向けられていた。
「故郷を失ってからすでに30年近く。まだ生まれたばかりであった私には当時の記憶など殆ど残っていないが・・・父が存命のうちに果たせなかったその願い、何としてでも叶えてみせる・・・この勝利によって」
そこまで告げた後、信親は振り返る。
「貴殿も同じ境遇だろう?」
信親の視線の先には一人の屈強な青年が佇んでいた。彼の名は三好存英。かつての四国の支配者、三好実休が嫡子・三好存保の息子である。
「武七郎殿を土佐より追い出したのは拙者の祖父であると理解しているが」
「存じておる」
信親はカッカと笑う。普段は鬼神の如き戦い振りを見せるこの猛将も、仲間の兵と話すときはひどく快活で、血とは無縁の存在のようにさえ思える。
「それはもはや済んだことであるし、孫の代にまで至れば貴殿には何ら責咎はない。今は、共に故郷を失った者同士、そしてそれを取り戻すための戦いに赴く者同士、肚を割って話そうではないか」
信親の話しぶりに、存英も思わず口元を綻ばせる。彼が物心つく頃に、豊臣秀吉によって阿波の地を奪われ、浅井によってこれを支配された。以後、父と共に諸国を遍歴する人生を送り、いつの日か父は旅の途中に病で倒れた。以来、その武勇を頼みに傭兵紛いのことを続けてきたが、此度、豊臣家の内紛において、この四国攻めにおける牢人を募っていたところに彼も志願した。
信親の言う通り、彼も境遇は同じだ。必ずやここで勝利し、三好家の復興への糧とする。
「――戦国の世は間もなく終わりを迎える。だが、それは全ての者にとって平和で安穏とした世の中というわけじゃない。誰かが富を得た分、割りを食う者もいる。最後まで敗北者で居るつもりは、儂にはない」
信親の言葉に、存英も無言で頷いた。
例え戦場で散ることになったとしても、最後まで矜持の為に戦う。それが三好存英という存在に課せられた使命なのだから。
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「――殿ッ、急ぐ気持ちは分かりますが、あまりにも危険窮まりない行軍です! すでに徳川、北条の軍勢もはるか後方に置き去りにしており、このまま早々に四国に着いたとして、我々だけでは敵うものでは御座いません」
「行きもよっぽど危険な道を進めさせたのはお前ではないか。それに、わずかでも遅れるわけにはいかぬ。四国の護り手が儂であることを知らしめること、そして・・・早ければ早いほど、奴等の意表を突くことができるのだからな」
高虎の言葉を軽くあしらいつつ、長政は自ら馬上にて全力で野山を駆け巡る。家臣らもさすがに彼に置いていかれるわけにはいかず、同様に全速力でこれを追いかけ、たちまちのうちに浅井軍は伊勢、甲賀、山城の南部を通過していった。その近辺に東軍の残存兵力が残っている中、脇目も振らず一直線で駆け抜けていった形だ。
「――そら、着いたぞ」
大坂から船に乗り換え、瀬戸内を渡り東讃岐の雨滝城に到達すると、そこから今まさに高松から逃れようとする西軍の姿を確認することができた。
「――逃げるつもりか? そうはさせまい」
長政は全軍に突撃の指示を下す。
「正気ですか? 敵はこちらの3倍。さすがに・・・」
「――すぐに後詰は来る。まずは逃がさず、ここで打尽するのが肝要だ。行くぞッ!」
圧倒的な勝利。
数的劣勢をものともせずに西軍を打ち破り、勇将・毛利輝元の身柄まで確保して見せた浅井長政。
もはや、その勢いはだれにも止められない――彼らはそのまま、破られた西軍残党はそのまま土佐にまで逃れようとする。
「――自ら袋小路へと迷い込もうとするのか、愚か者め」
勢いに乗った無敵の浅井軍は、そのまま一気に土佐の地での決戦を挑みに行く。
長政には分かっていた。これが本当に、最後の戦いになると。
「ーー来るなら来い! 命などとうに惜しくはない!」
槍を持ち、自ら前に出て勇敢に敵に立ち向かう存英。浅井同盟軍の兵士たちも次々と、その前に倒れ落ちていく。
「ーー捨て身になるなよ、三好の倅。生き残らねば、勝てぬ。勝てねば、御家の復興は成らぬ」
そう言って存英の傍に現れるのは信親。長尺の槍を手にし、迫り来る浅井兵たちを打ち崩していく。
「ーー弟君、政之殿も倒されたとのこと。敵方、もはや壊滅は時間の問題ですが、なかなかに手強く、犠牲はさらに増える恐れもございます」
「ここで調子付かせては成らぬ。儂自ら挑まん!」
刀を抜き果敢に飛び込んだ治政に、信親もすかさず対抗しようとするも、徐々に押されていく。
そこに、
「ーーおのれッ! 我が一族の仇ッ!」
文字通り横槍を入れたのが存英。不意を突かれた治政は左腕を負傷してしまう。
このまま打ち崩し、その首を獲るーーそう勢い込んで治政に迫る存英に、信親の声が届く。
「三好ーー!」
振り向くと、すぐ傍に信親の姿があった。そして、その信親の体を、新たに割り込んできていた浅井井頼の槍が貫いていた。
「信親殿ーー」
驚き、口を開く存英に、信親は口元から血を流しながら、笑いかけた。
「ーー生きよ。生きて、恥を晒しながらも生きて、そして最後には、勝つのだ」
気づけば、足が動いていた。存英は邪魔になる槍を捨て、踵を返し、一目散に林の中を駆け抜けていった。
井頼も追いかけようとするが、それを瀕死の信親が遮った。
「ーー若武者の未来は儂が護る。そして儂も、父と共に戦国の世に眠らん!」
最後の最後、その瞬間まで「戦国大名」として生き、戦った男は、泰平の世を見ることなく、四国の地にて屍となった。
別の戦場でもまた、激戦が繰り広げられていた。その中心にいたのは、老兵・島津義弘。
「ーーきっと、この世は泰平の時代へと変わるのであろう。だが、それも決して永遠のものではない。いつかまた、混乱と変革の時代が訪れ、その時には闘いに誇りを持つ者たちを必要とする」
「そのときーー我ら薩摩兵たちはまた必要とさるるであろう! 未来に託すべき我らの生き様、この最後の機会にとくと見せつけようぞ!」
義弘の声に、勇猛果敢なる男たちが一斉に沸き立ち、勝敗の決まった闘いに挑んでいく。及び腰の兵らはこれにいとも簡単に呑み込まれ、命を失っていく。
「なんたる猛者ーー」
この部隊の総大将を任されていた長政が嫡男浅井秀政は、迫り来る豪勇たちの威容に圧倒されていた。
やがて、偉大なる父・長政の後を継ぎ、自身が浅井とこの日ノ本、豊臣の幕府を支えていかねばならない。
戦乱の世は終わり泰平の世にならんとしても、未だこのような益荒男たちの蔓延る天下を纏め上げるのに、自身の武勇は必須となるだろう。
今ここが最後の機会。ここで見せつけねばならぬ。
供回りたちが制止する間も無く、秀政は自ら馬を駆け、恐るべき薩摩兵らに切り掛かった。
「いざ尋常に勝負せん、島津の豪勇たちよ!」
「ウム・・・浅井ーー時代の勝者よ! 我が誇りの痕跡をその名に刻み込まん!」
秀政の突撃に、義弘も自ら刀を持って応える。そして何度かの剣戟の末に、義弘の刀は秀政の頬を大きく削り取った。
「若ーー!!」
島津兵らを薙ぎ倒しながら近づいてきた三田元晴が、今まさに主君の嫡子に止めを刺さんとしていた義弘に向けて突進する。
「くーー」
もはや抵抗の術もない。そのことを理解した義弘は全軍に撤退の指示を出しながら後退していく。
終わりを迎えようとしている。
この国で百五十年近く続いた、戦乱と混沌の時代そのものが。
本陣にて構える浅井長政は、重ねられた報告を受け止めながら、そのことを深く噛み締めるようにして目を閉じた。
そしてやがてそれを再び開いたとき、彼は立ち上がり、すべての兵に告げた。
「ーー我々の勝利ぞ。皆の者、良くやった。これより、我らは新たな時代の担い手とならんーー」
西軍主力を打ち倒した浅井徳川北条連合軍は、山陽道の西軍諸城に上陸し、これらを次々と制圧していく。
最終的にその本拠地たる岩国城を包囲し、1602年2月27日にこれを陥落させる。
長き戦いが、終わった。今度こそ、確かに。
そしてーーかつての主君の実子・鶴松が、新たな征夷大将軍、そして「天下人」として、君臨することとなる。
「ーー大政所様、そして小一郎様・・・間に合いませんでしたが、この不肖長政、何とか成し遂げましたぞ」
長政は山陽の冬の空を見上げる。
その空は高く、何処までも澄み通っているようであったが、その遥か向こうから少しずつ、春の兆しのような霞が、近づいてくるような心地がしていた。
エピローグ
大乱を終え、新たな主君を戴いた新政権は、その為すべき施策の第一歩として、勝者敗者を踏まえての領地再分配を実行に移していった。
まずは鶴松を擁立し反乱の指導者となった浅井長政は大出世を遂げ、従二位大納言、そして秀門-秀孝-秀盛が領していた西中国の地を加増された。
長政に協力し、反乱成功に大きな功有った北条氏直も正二位内大臣に昇進し、新たに能登越中の地を与えられ、豊臣政権下最大勢力となる。
もちろん徳川家康も昇進・加増。従二位権大納言となり、秀長の領していた信濃を与えられ、東海の大大名として勢力を拡大する。
改易・減封の対象となった大名も多く、その最たる者は諸悪の根源・織田信雄。嫡子・信隆の分も合わせ、その全ての領地と官位、織田家当主の座もすべて奪い取られる。
奪い取った領地の一部、丹後・若狭の地は佐和山信房に与えられ、彼は織田に名を戻した上で信雄から取り上げられた織田家当主の座を与えられた。
また寝返りによって浅井らを支援した長政義弟丹羽長重は、信雄から取り上げられた尾張美濃の地を与えられ、中部の大大名として出世した。
一方で当初西軍総大将の座についていた大友家については、親家が病没した後に家督を継いだ親盛が即座に長政ら反乱勢力に接近し、彼らに寝返る形で協力を惜しまなかったことにより、肥後一国の減封に留められた。
その他、形上は西軍に属していた最上義光も、信雄に付いて東軍の将となっていた石川利直と最上則義(義光の弟)の南下を食い止めた功を認められ、改易した彼らの領地を与えられることに。
その他、戦後処理は以下の通りとなる。
豊臣秀勝:日根郡加増
豊臣秀康:相良郡・綴喜郡を加増
稲葉典通:改易の後、自刃
石川利直:改易の後、自刃
最上則義:改易の後、自刃
三好義資:東軍に与したことにより改易
長尾信綱:東軍に与したことにより改易
小幡信重:東軍に与したことにより改易
伊達秀宗:西軍に与するも中立の立場を取ったため安堵
尼子幹久:西軍に与するも中立の立場を取ったため安堵
その他省略
そして、この男の「戦後処理」もまたーー。
「ーー右府様」
「儂はもう右府ではない。ただの一介の敗北者に過ぎぬ」
自嘲気味に笑う信雄に、家臣たちは皆さめざめと泣き漏らす。
織田信長の嫡男にして、無能と侮られながらも、魑魅魍魎の戦国末期の世を巧みに潜り抜けてきた男のことを、ここにまだ残り居並ぶ家臣たちは皆、理解していた。
「ーー何卒、助命嘆願を。高野山に蟄居されてでも、その御命を保つことは後世において必要となります。御本所様こそが、最も織田信長の本質を色濃く受け継いでおるのですから」
「だとすれば、それが故に我は滅ぼされなければならぬ。きっと父上もまた、そこで生き恥を晒すことは選ばぬであろう。誇りもなく生き抜くだけならば、孫左にでも任せておけば良い」
そう言うと信雄は一番の忠臣たる柳生宗矩を呼び寄せる。
「フン・・・折角だからこれを使わせてもらおうか。織田当主としてのせめてもの特権として、な」
取り出した刀を見つめ、暫し黙する織田信雄。その間に、宗矩は介錯の準備を整える。
「柳生」
最後に信雄は静かに、宗矩に命じた。
「我が腹を召してのちも暫し介錯は待たれよ。生涯に一度しかない、天下からの退場の瞬間の愉悦を、じっくりと愉しみたいが故にな」
そう言うと迷いなく刀をその腹に突き立てる。その表情は苦痛に歪み、上体は折り曲げられ、口元からは血と共に抑えきれない苦悶の声が漏れ出している。刀を振り上げた宗矩はすぐにでもそれを振い落としたい衝動を必死で抑えつけ、主君の最期の瞬間を見届ける。
「ーー成る程。中々の甘美だ・・・我が父も、三七も、この快楽を味わって逝ったのだろうな・・・」
突き立てられた刀が真横に切り進められ、その目の焦点が失われつつあるのを見て、宗矩は勢いよく刀を振りかざした。
「ーー殿こそ、かの織田信雄の真なる後継者、そしてこの天下の真の支配者に――」
鮮血が舞い、かつて織田信雄であった物体は崩れ落ちた。
一つの時代が幕を閉じた瞬間であった。
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「織田信雄、およびその嫡子信隆の自刃、確認致しました」
「左様か」
報告を受け、長政は息を吐く。
織田信雄については、彼の父の仇でもあり、これを果たせたことには満足していた。父の謀反ゆえ、その処置は適切なものだったと理解しているが、それはそれとして果たすべき敵討ちであった。
しかし一方で、その子にも手を掛けることについて、逡巡がなかったわけではない。自らがそれこそ秀吉に助けてもらった身である中で、改易や蟄居で済まさずに自刃を命じることは果たして義と言えるのか。
ーーだが、自らの例があるからこそ、生かしておくわけにはいかない。浅井家のこれからに不穏の種を残さず、そして何よりも、その浅井家が支えねばならぬ豊臣家の永久の繁栄が為に。これは自らが信念を曲げてでも果たさねばならぬ責務であった。
まだ考えねばならぬことは多い。嫡男で後継者の秀政は先の戦いの末に相貌を大きく傷つけ、今は人前で仮面を外すことができずにおり、当主としての威厳の面で物足りないのは確かである。
さらに最大の懸念は将軍の義父でもある内大臣・北条氏直。今回の論功行賞においても最大の土地と官位を与えざるを得ず、今は長政を立ててはいても、次代以降はそうもいくまい。元々の家格からしても、差が大きい。
その意味でも、秀政の妹が岳父にして、北条への牽制となる甲信遠三を領する徳川家康の存在は浅井家にとっては重要な存在であった。その誠実な人柄は、きっと自分が亡き後も、秀政と協力し豊臣政権を支えてくれるであろう。
きっと、大丈夫だーー自分がここまでやってきたことは決して、間違っていないーー。
1603年4月7日。
戦国末期、その武勇と義を重んじる心で名を馳せ、その名声を永遠のものとした英雄・浅井長政没す。
享年58歳。最後は突然の死であったという。
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「ーーそうか、長政公が、逝ったか」
「ええーー御祝着に」
「滅多なことを申すな・・・我に邪な思いなどない。ただただ、その遺志を継ぎ、豊臣の世を永く生き存えさせることを望む許りだ」
「そうですな。それこそが貴殿の最大の武器。かの織田信長公にも、豊臣秀吉公にも、そしてもちろん、浅井長政公にも有り得なかった、あらゆる戦国大名に有り得ぬその特質ーーそれが故に、最後には勝者となることが宿命付けられたその特質。
それが故に私も最後に貴殿に賭けることに致しました。まだ十数年、かかるやもしれませぬがーーその時まで、この身を尽くすこと、お誓い申す」
天台僧の言葉に、男はフ、と口元を緩ませる。それ以上は何も言葉にはせねど、その表情にこそ、この男の秘められし野心の一端が込められていることを、僧は十分に理解していた。
かくして、泰平の世は訪れし。然し尚、そこに渾沌の兆しは残りし。
とは言え、そろそろこの物語も仕舞いに致そう。我々の世界とは全く異なりながらも、どこか似通った筋書きでも在った、この物語を。
その結末もまた、似通ったものとなるのだろうか?
それは皆々様の、ご想像の通りに・・・
異聞戦国伝 了
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