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【Vic3/PAX HISPANICA】ヴェネツィアの自由主義運動【復活のヴェネツィア帝国①】

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この世界の歴史は1669年に大きな変化を迎える。

4年前のスペイン王フェリペ4世の死後、その妃であったマリアナ王妃がわずか3歳の息子カルロス2世の摂政となり政権を牛耳ると、これに反対する勢力(主にアラゴンとカタルーニャの貴族たち)によってフェリペの庶子ドン・フアン・ホセが擁立され、クーデターが実行される。史実ではフアン・ホセは首相の地位だけを与えられて満足するが、この世界では彼はカルロス2世が子を成さずに亡くなった際の王位継承権を得ることを認められた。

この結果、史実ではカルロス2世の崩御後、その後継を巡って列強各位が争い合ったスペイン継承戦争は巻き起こることなく、その結末としてのユトレヒト条約及びラシュタット条約で覇権国スペインの領地が列強各々に食い散らかされることも防がれた。

故に、それから100年。スペインは未だ南ネーデルラント*1、ブルゴーニュ*2、北イタリア*3、南イタリア*4といった領土を保持。さらにこの100年の間にオスマン帝国との激しい戦争を繰り広げたようで、バルバリア海賊との戦いを制してアルジェリア北岸一帯をも獲得することとなった。

そして、この世界でもフランスでは革命が巻き起こり、ナポレオンは出現した。

これに対してスペインは覇権国として真っ向から立ち向かい、最初の戦いでは敗北しライン川まで撤退、さらにはスイスやサヴォイア公国も占領されてしまったものの、第2次対仏大同盟にてプロイセン・ロシアと連合し反撃に成功。

戦後のウィーン体制でも主導権を握り、自身の存在がナポレオン戦争での勝利に貢献したことを各国に認めさせ、ここに「スペインの平和パックス・ヒスパニカ」を実現させたのである。

スペインが防壁となってオーストリアは護られたため、神聖ローマ帝国は崩壊せずに勢力圏として残存している。


よって、この世界ではスペインは今なお、紛うことなき「日の沈まぬ帝国」であり、英仏を鎬ぎ世界最大の国家となっている。

新大陸のスペイン植民地は解放されることなく残存している。なお、東海岸の「13植民地」も未だ独立を為し得ていない。

 

だが、何であれ覇権というものは決して、永遠には続かない。とくに19世紀というのは、新しき帝国が次々と産み出される一方、旧き帝国が次々と墓場へと送られていく、そんな時代であったのだから。

 

――では、同じく、時代の荒波の中で消えていく「筈だった」旧き繁栄の共和国の運命は、どうなるだろうか。

ヴェネツィア共和国。史実ではナポレオンの侵攻により、その1,000年の歴史に引導を渡されることとなった「かつての海の覇者」。

この世界では18世紀中にスペインと組んでオスマン帝国を攻めた際に獲得したギリシャの地など、史実よりも少しだけ領土が広がっているものの、かつての隆盛がすでに終焉へと向かわんとしていることは誰の目からも明らかであった。

果たして、史実とは異なる道筋を歩んできたこの世界における「19世紀」は、そしてその中での覇権国スペインとヴェネツィアという歴史の中に消える「はずだった」国々の運命は、どのような軌跡を辿ることとなるのか。

 

Victoria 3 AAR/プレイレポート第23弾。架空歴史MOD「PAX HISPANICA」ヴェネツィア共和国編。

誰も見たことのない19世紀の物語が今、幕を開ける。

 

目次

 

Ver.1.7.6(Kahwah)

使用DLC

  • Voice of the People
  • Dawn of Wonder
  • Colossus of the South
  • Sphere of Influence

使用MOD

 

第2回以降はこちらから

 

 

ニコラ・ベルティの改革

さて、今回遊んでいくのは架空歴史MOD「PAX HISPANICA」。冒頭でも書いたように、スペインが自壊し列強の食い物とされていく運命を回避し、「日の沈まぬ帝国」を維持したままの世界を舞台にした大型MODである。

スペインはバニラのイギリスを超越する広大な植民地帝国と経済を有しており、国家ランキングでも圧倒的一位となっている。

そんな世界で今回プレイしていくのはヴェネツィア共和国

史実ではナポレオン戦争によってその1,000年に及ぶ歴史に幕を閉じた偉大なる国家であったが、この世界ではスペインがナポレオンと対等に渡り合ったことで滅亡を免れ健在。

とは言え、大航海時代の到来による国家の衰退は久しく、そのまま現状維持を選べばやがて史実と同じ運命を辿ることになるだろう。

スタート時点の国家ランキングは20位。GDPも世界19位である。

 

よって、今回はこのヴェネツィアを、再び偉大なる海上帝国として復活させ、世界最大の経済国とすることを目指していく。

 

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まずは国内の状況を確認だ。ヴェネツィア共和国はスタート時点で合計8州を有しているが、本土たるヴェネト州以外はいずれも小さく、基本的にはヴェネト州を発展させていくこととなる。

最初期から労働力の少なさが課題となり続けるため、技術は省力化のものを優先的に取得しつつ、それに必要な資源を開発していく。

水管ボイラーを始めとする初期の省力施設に必要な石炭、そしてその石炭を動力源とする鉄道を有効化させ、伐採所や鉱山の「鉄道輸送」製法によってさらなる省力化を図る。首都ヴェネトで石炭が大量に産出されるのはありがたい仕様である。

 

なお、ヴェネツィアの技術は最初から鉄道参謀本部(散兵)を取得しているなど、かなり先進的なものとなっている(なお、この世界のスペインも同じく最先端国家となっている)。

さらに染料をはじめとした自給できない貴重な資源を確保すべく、ニジェール・デルタ地域に初手で関心をつけて植民を開始していく。

単位面積当たりの人口がどこよりも多く、マラリアも比較的弱いニジェール・デルタは殖民地候補地の最鉄板である。原住民を征服し北進することで石油資源へのアクセスも得られやすいのがまた大きい。

 

そして、法律はまずは自由貿易レッセ・フェールの制定を目指していく。ヴェネツィアの復活には、何よりも経済の立て直しが必要不可欠であり、資本家の力を借りた貿易の自由化と拡大はその出発点となるのである。

しかし、その「改革」に異を唱える勢力が、激しい抵抗の構えを見せ始めていた。

 

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「――彼らの中心的な要求は、選挙制の導入だ。1830年のフランスで巻き起こった革命以降、民主主義や民族主義がヨーロッパ中に波及しつつある。ある人はこの状況を『諸国民の春』と呼んでいるらしい」

「問題なのはそこに、貴族連中まで入り込んでいることだ。レッセ・フェールの導入で自分たちの利権が失われかねないことを危惧した奴らが、ベルティ、お前を引きずり下ろすためだけにヴェネツィアの伝統を壊す選挙制を導入しようとしているというわけだ」

サン・マルコ財務官プロクラトーリ・ディ・サン・マルコエットーレ・コルネロは忌々しげに吐き捨てる。

向かい合った席に座っていた男は、表情を変えることなく口を開く。

「確かに、終身制の元首ドージェを引き摺り下ろすためには、不正を暴き立てるか、暗殺するか、あるいは終身制そのものを破壊するしかない」

「実際、暗殺未遂は先日起きたばかりだ。連中としてはこれで私が自ら引き下がれば都合が良かったのだろうが」

「お前はそんなことで恐れを為すようなタマではないからな」

「ああ。そうであれば最初からこの立場に立ってはいない」

コルネロの軽口に、ベルティは真面目な顔で頷く。

二コラ・ベルティ。若くして金融業で大成し、今やヴェネツィアの造船所や鉄道会社、最近では鉄・石炭鉱山業などの株式を買い占めるほどの大富豪であり、3年前にその財力をもって大評議会のメンバーの大半を買収。選挙に勝利し、史上最年少の元首に就任した男である。

しかし矢継ぎ早に繰り出されるその改革案は、共和国最大勢力である資本家勢力には喜ばれるものの、貴族たちからの不評をたちまちに買うことになる。

それでも自らの求める理想ーーかつての強大なるヴェネツィアの復活ーーの実現のためには手段を選ばぬ「横柄」な性格の持ち主である彼は、気にすることなく自らの信念の赴くままに改革を成し遂げようと意気込んでいた。

原語Imperiousは「専制的な」という意味も含む。独善的だが、そこに確かな信念があれば、それはときとして最も効率的な改革への力となる。ゲーム的には布告コストの減少は非常に強力で、人気度マイナスによる権力の減少デメリットを補って余りある。

 

「2つの方法を取ろう。まずは教会勢力を懐柔し、味方につけるべく、彼らが要求する『文化的排斥』の法律を通すこと」

「確かに、イタリア人だけに商業的優先権を認める現在の法律では、今後のヴェネツィアの経済拡大におけるボトルネックーー人口問題を解決することはできない。我々にとっても必要不可欠な改革の一つだな」

ベルティの提案に、コルネロも納得した様子で頷く。

「もう1つは、秘密警察法の制定だ。国家の安定を害する過激な社会運動を取り締まり、秩序をもたらす。ヴェネツィアの復活にはこれもまた、必要な改革だ」

「ーーお前の言うとおりだ、ベルティ。

 資本家議員たちは任せろ。全員俺が説得してみせる。現在審議中のレッセ・フェールも含め、すべて問題なく成立させてみせよう。

 この国を、時の砂の中に埋めるわけにはいかない。必ずや改革を成し遂げ、永遠の帝国を築き上げるぞ」

 

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コルネロは言葉通り、議会の多数派を占める資本家勢力を次々と取り込んでいき、まずは1839年7月にレッセ・フェール法を制定。国営建設局の民間使用枠を増やし、殆ど全ての国営企業の株式を民間市場に放出することを義務付けた法律であり、資本家勢力の更なる強大化を約束し、彼らの富で国家をさらに強くすることを目指すものである。

続いて1841年に文化的排斥法を制定。これまではイタリア人にのみ認められていた権利を、ギリシャ人やセルビア人など、多様な民族に広く認めることとなるこの法律もまた、今後より広く異民族の土地へと勢力を拡大していく必要のあるヴェネツィアにとっては発展に必要不可欠な法律であった。

この法律制定は「諸国民の春」で吹き上がる民族主義者たちを懐柔する意味合いも持ち、実際にこの制定により反乱勢力から一時的に知識人層を離脱させることにも成功した。

だが、ベルティも別に彼らに迎合するつもりはなかった。すぐさま彼らが嫌うであろう「秘密警察」法の制定に着手したからである。

秘密警察ーーすなわち、今も名前だけは残っている「十人委員会コンセッホ・デ・イ・ディエセ」に、かつて存在した権限を復活させ、さらにはその人数も増やし、様々な補佐役職も加えていく法改正である。

元首の権力を高めると共に、彼を支持する体制派議員たちへの新たな利権も創出することとなるこの法律は1843年に制定され、ベルティは彼の権力を確立するための大きな武器を手に入れた。

早速彼らを使用して反乱の影にいる貴族たちの罪を暴き立て、これを次々に検挙。暴力的な手段に訴えようとする反乱勢力もまた次々と制圧していった。

制定と同時に革命運動が停止。急進主義を直接的に下げられるこの法律は実際強い。

 

これらの「効果的」な政策によって反乱勢力を無力化する一方、国内の開発は順調に進んでいき、生活水準もみるみるうちに上昇。

いつの間にか体制派の数が急進派の数を上回るようになっており、ベルティの「改革」は確かな手応えを感じさせつつあった。

国内の統治に一息ついたところで、国外の最新情報について「外務大臣」マルコ・ヴィカーリが報告に訪れた。

「重大な報告だ、元首ドージェ

「――極東の大国・チーナで、カトリック教徒たちによる大規模な反乱が勃発した」

 

 

スペインの両腕の戦争

史実においては、19世紀前半のアヘン戦争とその講和条約である南京条約の結果、中国沿岸部各地にイギリス人居留地が作られ、そこで布教されたプロテスタントの信仰が太平天国の乱を引き起こすきっかけとなった。それはあくまでもプロテスタントの信仰を曲解した中国人(漢人)自ら引き起こした反乱であった。

しかしこの世界ではやや事情が異なる。19世紀までの100年間に行われたスペインと清との接近の結果、スペインは上海近郊の地に商人とイエズス会宣教師たちのための居留地を獲得。

ここを拠点として、特に中国南部の地にてイエズス会主導の大々的な宣教活動が繰り広げられることとなったのである。

中国事業

イエズス会はスペインに対する最近の国境開放を利用して、中国での宣教活動を活発化させる意向を伝えてきております。

南通港での利権を獲得して以来、イエズス会士たちは地元住民への伝道活動を推し進めています。最近両国間での国境が開かれたことで、さらに彼らは中国の地方へとキリストの教えを広めに行くでしょう。かつて「中国事業エンプレッサ・デ・チーナ*5」と呼ばれていた計画を再び実行するべき時が来ているのかもしれません。

広東は新しい宣教活動を行うのに理想的な場所だと言えるだろう。

 

そしてこの「中国事業」は、ついに実を結ぶ。この世界の「太平天国の乱」として。

イエズス会士たちの活動は実を結びました。中国のカトリック教徒たちは武器を取って、スペイン王国の一員であると宣言しました。

地元の人々が広東と呼ぶ地域での騒乱の間、イエズス会の宣教師たちはブルゴーニュ十字を掲げ、地元の役人に対しここがスペインの保護下にあると警告した。中国事業はロザリオで勝利したが、今度は火薬で身を守らなければならないだろう。

広東総司令官を設置せよ

 

そう、それはすべて、この世界のスペインとこれを支えるイエズス会による策略であった。信仰による熱狂的な海外征服欲はスペインの覇権と共に19世紀まで存続し、かつて海の底に沈められた東アジアにおける宗教的武力的征服事業を再び現実のものへと昇華させたのである。

本MODにおけるスペインの宗教勢力は「Jesuits(イエズス会)」となっている。

 

よって、この世界の「太平天国」とは、もはや一人の科挙落第者の怨念による産物ではない。それは超大国の組織的策略によって作られた、超巨大な傀儡国家なのである。

そもそも太平天国とあるのは同じ国タグを使用しているから日本語版ではそう表記されるだけで、英語版ではその名称はずばり「中国」となっている。そしてスペイン王カルロス・ハプスブルグ=カルドナを君主に据えたスペインの同君連合という位置づけで誕生する。

 

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「スペインはこのまま、東アジアの巨像をすべて呑み込むつもりか? そうなるといよいよ手がつけられなくなるな」

報告を聞いたコルネロは苦々しい表情を作る。ヴィカーリも頷き、続ける。

「さすがに他の列強たちもこれを黙って見ているわけにはいかないようで、まずは英国インギルテッラが清側に付いてスペインと敵対することを宣言した」

「だが、英国はすでにこの10年の間に2度、スペインに敗けているだろう?」ヴィカーリの言葉に、コルネロは肩をすくめる。「7年前のアヘン戦争のときには、ポルトガル、スペインに倣って中国に貿易港を手に入れようとした英国の野望をスペインが打ち砕き、2年前のオスマン帝国からのエジプト独立戦争ではオスマンを支援した英国がエジプトを支援したスペインに再び敗北している」

この世界では1836年時点でエジプトはまだ独立していなかったが、この戦争でそれを果たした。

 

「その通りだ」とヴィカーリは頷く。「今回も、英国がーー7年前とは逆にーー清を支援してスペインに対抗するだけでは、スペインの野心を止めることはできなかっただろう」

だが、とヴィカーリは続ける。

「そのスペインを背後から突く動きが巻き起こった。新大陸におけるスペイン植民地国家――フロリダルイジアナ、そしてグアテマラ――が一斉に宗主国スペインに対し反旗を翻したのだ」

「へえ」とコルネロが面白そうに呟く。「背後で糸を引いている奴がいるな」

「フランスか」それまで黙って聞いていたベルティが、ぼそりと呟く。

「ご明答」ヴィカーリは頷く。「英仏が示し合わせたわけではないだろうが、共にスペインを黙らせる必要があるという点では一致していたというわけだ。さしものスペインも、太平洋と大西洋の両極で同時に巻き起こるこの動きに、そして英仏の二大国を同時に相手することに、支障が無いわけはないだろう」

「ナポレオン戦争から半世紀、スペインの平和に転機が訪れているということだな」ベルティは小さく息を吐く。「昨年から続く普墺戦争もロシアまで介入してきて激しい状況に陥っており、世界の混乱を止められる者は誰一人いなくなっている」

「我々もまた、国内のことばかりにかまけている場合ではなさそうだ」

「それなんだがな」

ベルティの言葉に、ヴィカーリは口を挟む。

「丁度、その方針を定めるにあたり、提案を持ち寄ってきた人物がいる」

ヴィカーリの言葉と同時に、部屋の扉がノックされる。木製の扉が開かれ姿を現したのは、サン・ピエトロ・ディ・カステッロ大司教ピエトロ・ファルクィ・ペス

「これはこれはペス猊下。ドゥカーレ宮殿パラッツォ・ドゥカーレまで来られるとは、珍しい」コルネロは両手を広げ口では歓迎の言葉を述べるも、その表情には明らかに来訪者への嫌悪の色が浮かべられていた。

しかしペスは特に気にする様子もなくベルティの方に視線を向け、口を開く。

元首ドージェ、我々は今、不安定な世界の只中に浮かぶ小さな小舟ゴンドラで御座います。まるで慣れ親しんだ地中海マーレ・ノストゥルムから離れ、ジブラルタルジビルテッラの先の遥かな大洋に旅立たねばならなかったかつての我々の抱きし不安が蘇るが如くです」

ペスが手振りを交えながら高らかに声を上げるたびに、コルネロの表情に刻まれた皺は深くなる。早く本題を言え、とばかりにその目は鋭く司教の横顔に注がれる。

「我々は当然、ただ独りでこの海を征くわけにはいきませぬ。安心して身を寄せられる大木があることが望ましい。さて、それはいかなる大木であるべきか。ローマの教えに反旗を翻して久しいゲルマンの二大国は言うまでもなく、お隣の皇帝陛下はカトリックの教えにこそ敬虔ではあるものの、我らをいつか呑み込まんと信用ならない面持ち。スペインも我らにとっては身近過ぎる脅威であり、今まさに両翼をもがれ没落しかかってもいる」

コルネロとは対照的に、ベルティは無表情のまま司教の言葉を受け止めている。ペスは続ける。

「で、あれば、我々が組むべき相手は誰か。ーーもちろん、フランスで御座います、元首。教会の教えに最も忠実で、最も異教徒たちと共に戦い続けてきた相手。確かにナポレオンの頃は激しく敵対しましたが、その後この国は再び敬虔なる国家へと回帰し、その後革命を迎えるも、今度はより自由で効率的なーー元首らが好むタイプのーー国家へと生まれ変わっているのです」

この世界では珍しくオルレアン政府が安定を保っていた。

 

「今回もまた、スペインが英国と三度目の争いに明け暮れている背後から、巧みにその従属国たちを焚き付けて襲いかかると言う見事な外交手腕を発揮したこの国と、我々は新たな友好関係を築き、ヴェネツィアのこの先の発展の礎とするべきなのです。

 元首ドージェ、手始めに私めはフランスのカステラーヌ枢機卿を通じ、先方が我々と防衛協定を結びたがっていることを確認しております。これはすぐさま、受け入れるべきかと」

ペスの最後の言葉に、コルネロはそれまでの表情を一気に緩め、驚いたような顔をする。「防衛協定だと。我々のような小国と、フランスが?」

「ええ」ペスはそこで初めてコルネロの方に視線を向け、誇らしげな笑みを浮かべる。「これこそが二国間の友愛の証。フランスは単純な損得感情を超え、我々と運命を共にすることを望んでいるのです」

ふむ、とコルネロは思案する。感情的である以上に打算的でもある彼は、目の前の男が単なる狂信者ではなく、確かな政治的プレイヤーとして有用であることを理解し始めていた。

「私だけでなく、国内の多くの貴族、そして軍人たちもまた、フランスとの融和と連帯を望んでおります。彼らと軌を一にすることで、先の改革において生まれた不和を帳消しにすることも能うでしょう」

なるほど、とベルティは同意する。

「迫り来る困難への対応に、国内は一致する必要がある。

 分かった――その意見を、取り入れることにしよう」

ベルティの言葉に、ペスは深々と頭を下げる。

それを見やりながら、ベルティは「だが」と続ける。

「巨木はあくまでも一時的な支えとして使うのみに留めねばならぬ。我々はあくまでも自ら巨大な獅子とならねばならぬのだ。かつてがそうであったように、何かに従属して生き存えることは、我々の正しき道ではない」

 

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1847年。

1845年から続いていたスペインの「両腕の戦争」は、最終的にスペインの敗北という形で決着がつく。「太平天国の乱」は英清同盟により鎮圧され、一帯は再び清の所領として返還される。

一方でこの反乱に乗じ、えつと呼ばれる勢力が広東の地で独立を果たしている。現地に派遣されたスペイン人将校パブロ・リナレスが、現地の民主主義思想家李孔と手を結び、カトリックの信仰の下、しかしスペイン王に従属する立場ではなく、両民族が対等の関係で運営する理想の共和国として立ち上げられた国である。

西部でも苦戦するスペインは、最終的には植民地国家たちの「自治の拡大」を約束し、フランスと講和。「自治領」という立場になった植民地国家たちは、まだ独立には至らねども、幅広い自治と自由を認められることとなった。

かくして、「覇権国家」スペインは確かに翳りを見せ始めることとなる。

威信ランキングでもイギリスにかなり迫られてきている。

 

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「――我々が葦の原に石を積み始めてから今日に至るまでの間に、かの国は異教徒たちを半島から駆逐し、世界の海を支配し、暴力の奔流から欧州を護り抜いた。しかし今、それも斜陽に至りつつある。

 永遠の帝国など存在しない。かつてのローマがそうであったように」

木製のテーブルを指で叩きながら呟いたコルネロの言葉に、ベルティは頷く。

「その通りだ。そしてそれは、我々も同様だ。かの帝国と異なり我々は足るを知り、謙虚さを忘れずにいたが故に千年を超える命脈を保ててはいる。だが、継ぎ接ぎの延命はやがて無理を迎えることとなるだろう」

「そうはさせないための、改革が必要だ。不断の改革が」

いつもと違い、真面目な顔で力強く告げるコルネロ。ベルティは少しだけ訝し気な表情を浮かべ、彼を見やる。

「ベルティ、今我々の国は確かに限界を迎えつつある。東西の戦争で需要が増大した弾丸、銃火器、大砲を次々に生産し輸出しているが、そのための原料となる鉛も、鉄も、あまりにも不足している。正確に言えば資源はあれど、これを動かすだけの人口が、あまりにも足りない」

初期ヴェネツィア領土で鉛を唯一産出するモンテネグロは分割ステートでもあり、人口はわずか2万人しかいない。同じく唯一鉄を産出するぺロボネソス州も17万人しか人口がおらず、鉄の自給にも制限がかかってしまっている。

 

「将来的には多くの移民を迎え入れ、植民地を拡大し、領国を広げていく必要があるだろう。だが、悠長にそれを待つだけの余裕ももはやない。すぐにでも行動しなければならない」

コルネロは真っ直ぐにベルティを見据える。共に10年以上前から、この国にかつての繁栄を取り戻すための改革を突き進めると約束し合った盟友であった。だが、コルネロは今、何かを覚悟した強い視線をその盟友に向けていた。

「――ペス大司教から聞いた。フランスから新たな提案がもたらされていたことを。彼らの勢力圏、そして彼らの大規模な市場への招待を」

フランスは参加国に共通の市場を用意する「貿易同盟(関税同盟)」の勢力圏を創設していた。

 

「ああーー」ベルティは至って冷静な様子で応える。「その通りだ」

「ヴィカーリから報告を受けてすぐ、これを握り潰したようだな。なぜ俺に黙っていた?」

「・・・お前はこれに反対するだろう?」

「当然だ。これを受け入れ、フランス市場に参画することこそが、我々商人たちにとっては最も合理的な選択だからな。

 しかし、気に食わないのはお前がそうは考えていないということではない。俺がお前を理解しようとしないと、お前に思われたことだ」

コルネロの言葉と視線を、ベルティは黙って受け止める。その表情は、変わらない。

「ーーお前は俺も、俺以外も、みんな、愚かだと思っているのだろう。ああ、そうさ! そうに違いない! だが、ここはお前の王国ではないんだ!」

吐き捨てたのち、コルネロは踵を返す。そしてベルティに背を向けたまま、告げる。

「・・・資本家議員たちは皆、貴族たちが支持する選挙制の導入法案に賛成する構えだ。俺ももう、奴らに対する影響力を失っており、今はより急進的な男が議会を支配している」

唐突に急進主義者の実業家集団指導者が現れたことで、沈静化していた土地所有者投票の政治運動が急激に進展。政治改革は避けられなくなった。

 

「俺たちは愚かだ。もしかしたらこの道は、この国の滅びにしか繋がっていないかもしれない。

 それでも、俺ももう若くはない。かつてのように、全てを捨ててでもお前についていくことは、選べなかったよ」

扉が開かれ、そして閉められた。有翼の獅子が見下ろす書斎の中で、ニコラ・ベルティはただ一人、無表情のまま椅子に深く背を沈み込ませていた。

横柄(独善的)なだけでなく、苛烈な弾圧の果てに「残虐」の特性までついてしまったことで一気に「大衆の敵」と見なされてしまっていたベルティ。ゲーム的にも、これ以上彼を元首にし続けていても意味はない、とも判断した。



1851年2月12日。

議会の圧倒的多数を経て、これまでのヴェネツィアの伝統たる元首の終身制は撤廃され、新たに4年に一度の「選挙」によって元首が交代されるという制度が取り入れられることとなった。

この成立を受け、早くもベルティは引退を表明。最初の選挙までの期間の元首代理を、資本家集団の長たるオレステ・ディ・サヴォイアが務めることとなった。

そして8月12日。記念すべき最初の選挙が実施される。選挙権を持つのは土地を所有する者に限られるという、貴族や聖職者、裕福な資本家たちに圧倒的に有利な制度であったため、貴族・聖職者勢力ら「右派」勢力がこれを制した。

そうして「選挙」で選ばれた最初の元首として、元サン・ピエトロ・ディ・カステッロ大司教のピエトロ・ファルクィ・ペスが選出されることとなった。

 

かくして、ヴェネツィアは19世紀の海原を新たな改革と共に漕ぎ出し始めた。終身制元首の伝統を捨て、フランスの勢力圏内に入ることで独立も失ったヴェネツィア。

果たして、その未来にはいかなる可能性が横たわっているのか。

 

第2回へと続く。

 

【参考】1836→1851の収支・人口比率推移

【参考】1851年時点の貿易状況

【参考】1851年時点の法律状況

 

アンケートを作りました! 今後の方向性を決める上でも、お気に入りのシリーズへの投票や感想などぜひお願いします!

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これまでのプレイレポートはこちらから

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金の国 教皇領非戦経済:「人頭課税」「戦争による拡張なし」縛り

コンゴを自由にする

アメリカ「経済的支配」目標プレイレポート

初見スウェーデンプレイ雑感レポート

 

*1:史実ではラシュタット条約でオーストリア領となり、ナポレオン戦争後にフランス領、そしてウィーン体制でオランダ領となり、1830年にベルギーとして独立する。

*2:ロレーヌとフランシュ=コンテ。史実では17世紀後半のルイ14世の侵略により1678年のナイメーヘン条約を経てフランスに併合される。

*3:史実ではラシュタット条約でオーストリア領となる。

*4:史実ではナポリ王国がラシュタット条約でオーストリア領に、シチリアがユトレヒト条約でサヴォイア家のものとなる(のちにラシュタット条約でオーストリア領となったサルデーニャと交換)。

*5:16世紀のフィリピン征服後、スペインが計画していた中国・明王朝に対する武力征服事業。その方策の一つとして、戦国時代末期の日本の征服とそれにより獲得した日本軍を用いた中国侵略というパターンも存在した。


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